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鳥
軒先にぶら下がっている狭い籠の中で飼われている小鳥を見たことがあるだろうか? 今でも田舎の家に行くとよくぶら下がっているのだが。 実は昔、自分の祖母の家にも同じものがあり、その中には濃い緑色の鳥が入っていた。 そして俺は小さい頃、その籠を見るのが怖かった。 僅か15×15×30ぐらいの狭っ苦しい籠の中で、いつまでも、そしていつ見ても右の止まり木から 左の止まり木へ左の止まり木から右の止まり木へせわしく飛び回り続けるその鳥の動きは、どう見ても 異常としか思えなかったのだ。 いや、今ならはっきり分かる。 あの小鳥は確かに狂っていたのだ。 鳥の背中に付けられている羽は、飾りではない。 それは自由に空を羽ばたくためのもの。 どこまでも広がる青い空の端を見つけるために、神から授けられたもの。 それなのに籠の中の小鳥は、自分の存在意義を奪われて、人間が作り出した狭い狭い部屋に閉じ込められて いたのだ。 狂って当然だろう。 いつか祖母に聞いてみたことがあった。 何故こんな籠に閉じ込めておくのかと。 祖母はこの籠の中の方が小鳥さんは安全なのよ、と答えた。 俺にはそれが理解できなかった。 俺はあまり外に出るタイプの人間ではないが、そんな俺でも、生きている意味を失った状態で 手に入れることができる平安などいらないと感じた。 あるとき、小鳥は死んでいた。 籠の中で、冷たくなっていた。 俺は悲しかったけど、しかし心のどこかで安心していた。 小鳥はついに解放されたのだ。 “死”という最悪の結果によるものだったとしても、少なくとも生きる意味を失くした悲しみを 背負いながら、狂気の行動に駆り立てられ続ける毎日から逃れることができたのだ。 冷たくなった小鳥を、俺は庭先に埋めた。 そして…俺は子供ながらに、その小鳥の亡骸に向かって謝った。 小鳥が閉じ込められていたその籠は、まだ軒先に吊り下げられている。 俺はその籠を見るたびに思う。 あの小鳥は今、この空のどこを飛んでいるのだろう、と。 [戻る] |